やわんやでいちいち書いてはおられぬ。
 要するに貸本屋の政公を手引にして来て、ここへ忍び込んだ奴にやられたのだが、ここへ忍び込んだ奴は昨晩に限らない。その以前に宇津木兵馬の枕許を騒がせた奴もある。意趣か、遺恨か、物とりか、それさえはっきりわからぬが、ここにはかなく一命を落した当の主のほかに、生きておるか、死んでおるか、消息のわからなくなった者がある。
 お蘭だ。問題のお部屋様が、影も形も見せない。
 外に向っては流言蜚語《りゅうげんひご》を抑えなければならぬ、中橋の生首は決してお代官の首ではない、あれを、お代官の首だなんぞと口走るものは重刑に行う、ということを布告して置かなければならぬ。内に於ては、死人及び生死不明人の始末と詮議を遂げなければならぬ。
 兵馬には、他の何人よりも思い当ることが多いのである。けれども、うか[#「うか」に傍点]とその緒《いとぐち》を切ってはならぬと思案しました。それ故に、彼はお代官とお蘭との昨夜の行動についても、自分の見聞きしているところの全部を、決して誰にも語りませんでした。
 ただ、その前の日に女房狩りのようなことをして、八幡山の方から、見慣れぬ若い娘を
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