所つき合いをしていた農兵のことだ、どうも敵を打つ分にはその気分になれるが、仲間を一人、前へ据えて置いて、それを打てと言われたんじゃ、みんな面《かお》を見合わせる」
「人情はそうしたものだが、打ちきれないでいる組の者を、お代官が目をむいて睨《にら》んで、貴様たち打てなけりゃ、みんな揃って立て、ほかの組に、貴様たちもろとも打たしてやる――とこう来たもんだから、二言はねえ、とうとう目かくしをして、原っぱの真中に押立てた奴を、三十人の同輩が銃先を揃えてうち殺してしまったものだ」
「いやなものを見ちまったな」
「ほんとにいやなもんだ、泥棒でこそあれ組の者だからなあ――打った方も面の色がなかったさ――」
「うむ、そうだろう、罪なお仕置だなあ、罪は盗人にあるとはいえ、何とかほかに罰のくわせようもありそうなもんだ」
「お代官の威光だから仕方がねえさ」
「泣く子と地頭にゃ勝たれねえ」
その時分に、
「駕籠屋」
「はい、はい」
「申し附けた通り来ているか」
「はい、はい、お申しつけの通り二梃揃えてまいりました」
「ここへ寄せろ、して、郡上街道を南へ向って、急げるだけ急ぐのだ、急病人だからな」
と言って、
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