駕籠《かご》、都合四人の雲助が、客を待ちあぐみながら、こんな話をしていました。
「今日、三福寺の上野青ヶ原へ農兵の調練を見に行ったかよ。行かなかった、行かなくって仕合せだったな」
「それはまたどうして」
「どうしてったって、調練は調練でいいが、見たくもねえ景物を見せられちゃって、胸が悪くてたまらねえ」
「手前《てめえ》らしくもねえ、鉄砲の音で腰でも抜かしたか」
「いいにゃ、そんなことじゃねえ」
「どうした」
「どうしたったって、鉄砲で人間がやられたのを、今日という今日、眼の前で見せられて、おりゃあ夕飯が食えなかったよ」
「そうか、何だってまた、人間が鉄砲で打たれちまったんだ」
「それがつまりお仕置よ。何か手癖が悪くて仲間の物を盗《と》った奴があって、それが見つかったものだ。ふだんならば、何とかごまかしが利《き》いたかも知れねえが、お代官がお調べの調練だ、なまぬるいことじゃ示しにならねえというようなわけで、そいつを原っぱの真中へ立たせて置いて、その組の農兵が三十人、銃先《つつさき》を揃えて、打ったというわけなんだ」
「そいつは事だ、うむ、泥棒こそしたが、もとはといえばみんな知った顔で、近
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