に不足はございません、さあ相手になりましょう、夜っぴてそのお喋《しゃべ》り比べというところを一つ願おうじゃございませんか。それにしても火が無くちゃ景気が悪いです、先のお客様や、弁信さんなんぞは、塙保己《はなわほき》ちゃんの流儀で、目あきは不自由だなんぞと洒落飛《しゃれと》ばしなさるにしても、ピグミーの身になってみますと、これでも物の光というやつが恋しいんですからね、ひとつ火を入れましょう。この多年冷遇され、閑却された行燈に向って、一陽来復の火の色を恵むのも仁ではございませんか――どれ、ひとつ、永らく失業のほくち箱に就職の機会を与えて、カチ、カチ、カチ、カチ」
 それは燧《ひうち》をきった音であるか、ピグミーの軽薄な口拍子であるか知れないが、とにかく行燈に火が入りました。
「さあ、弁信さん、今晩は寝かしませんよ、人の期待に反《そむ》いておいて、自分だけが平和の安眠と、極楽の甘睡とを貪《むさぼ》ろうとしても、それは許されません」
 ピグミーは、小さい胡坐《あぐら》を一つ組んで、両手でもってその向う脛《ずね》と足首のところを抱え込んで、ならず者が居催促に来たような恰好をして、寝入りばなの弁信
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