らたまりません、ホンの軽い一振りで、わっしの身体は胴から二つになってあの壁へやもり[#「やもり」に傍点]のようにへばりついてしまったというみじめな次第――いやどうも危ないものです。そこでこんどは河岸《かし》をかえてお浜さんへ取りつきましたね。いい女でしたね、姦通《まおとこ》をするくらいの女ですから、美しい女ではあるが、どこかきついところがありましたね。それもとどのつまりは『騒々しいねえ』といってお浜さんの手に持った物差でなぐられちまいました。どっちへ廻ってもこのピグミー、いたく器量を下げちまい、その後今晩まで閉門を食ったようなもので、この天井の蜘蛛《くも》の巣の中に、よろしく時節を相待っていたのは、弁信さん、あなたを待っていたようなものですよ。弁信さんならば、二尺二寸五分相州伝、片切刃大切先《かたぎりはおおきっさき》というような業物《わざもの》を閃《ひらめ》かす気づかいはありません。柳眉《りゅうび》をキリキリと釣り上げて、『騒々しいねえ』と嬌瞋《きょうしん》をいただくわけのものでもなし、人間は至極柔和に出来ていらっしゃるに、無類のお話好きとおいでなさる。こうくればピグミーにとっても食物
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