ながら、ろれつの廻らないことを言っている胡見沢は、どうも相手がはっきりこの中へ逃げ込んだものか、そうでないか、充分に観念があってするのではないらしい。
娘の子が逃げ込んで来て、一生懸命に抑えているのは、廊下からの一方に、それとは全く違った大戸の方でしきりに胡見沢は騒いでいるのだから、女の子にとっては、努力甲斐のないことがかえって幸いでもある――
それでも、その戸口を抑えた手はちっとも放さないで、ようやくこちらを振返り見るの余裕だけを得ました。
そうすると、ほとんど有るか無きかの朧《おぼ》ろな神前の燈明の光にかすけく、そこに自分よりも最初に立っている一個の人影を認めました。しかもその人影は、手に白刃《はくじん》を提げて立っていることに渾身《こんしん》から驚いて、わななかずにはおられません。
娘の子としては、それが追いかけて来た人とは別人であることは一見して分ったけれども、すでに人が内部に存在している以上は、前狼後虎というものである。もう絶体絶命で、遁《のが》れようとしてものがれられるものではない――
南無阿弥陀仏、女の子は目をつぶって、その抑えた戸口にしがみついてしまいました。
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