にも、浅公というのが生命《いのち》を吸い取られるほど、いいところがあるものか知ら……ねえ、その辺の正直なところを聞かして頂戴よ――」
 兵馬は呆れ果てて、この厚顔無恥なる女の底の知れない図々しい面《かお》を、ウンと睨《にら》みつけました。
 神尾主膳の愛妾であったお絹という女も、かなりの淫婦には相違なかったが、こうまで図々しく、肉迫的ではなかった。
 ことにこうまで露骨に出ながら、火鉢の傍に立膝の形で、股火にでもあたっているような、だらしない形――女というものはこうまで図々しくなれるものかと兵馬は憤然として、
「よろしい、あなたがお引取りなさらなければ、拙者の方で、この場を立退きます」
と言って、兵馬は刀を提げたまま、ついと立って、一方口から流れるように屏風の外へ、早くも障子をあけて廊下へ飛び出してしまいました。
 この早業においては、さすがの淫婦も如何《いかん》ともすることができないで、
「何という無愛想なお方……」
 所在なくこう言って、兵馬の起きぬけの夜具蒲団をテレ隠しにちょっとつくろい、自分も続いて廊下へ出てみましたけれども、その時はもはや、兵馬の影も形も見えません。

   
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