お相手になれません」
「意地の悪いことをおっしゃる弁信さん。実はねえ、あなたのために、お淋《さび》しかろうと思ってお伽《とぎ》に出たのなんのというのは、お為ごかしなんでして、本当のところは、こっちが淋しくてたまらないんですよ、お察し下さい。この白骨の温泉の冬籠《ふゆごも》りで、誰がわたしの相手になってくれます、炉辺閑話の席などへ寄りつこうものなら、忽《たちま》ちあの人たちにとっつかまって火の中へくべられっちまいます。お雪ちゃんという子をとっつかまえて相手にしようと思いましたけれども、あの子はあんまり正直過ぎて歯ごたえがありませんね、ところがどうです、いい相手が見つかりましたぜ、ついこの間までお雪ちゃんが侍《かしず》いて来たあの盲目《めくら》の剣客、ことに先方も、たあいないお雪ちゃんのほかには骨っぽい話相手というものが更に無いという場合なんでしょう、こいつ願ったり叶ったり、究竟《くっきょう》の話敵御参《はなしがたきござん》なれと、こそこそと近づきを試みてみましたが、なんだか物凄くてうっかり近寄れません。そこであの天井の節板の上や、この畳のめどや、屏風の背後や、例のほくち箱の中なんぞに潜ん
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