まで、充実しきっておりました。

 しかしお雪ちゃんが立って行くまもなく、例の公設市場に一つの難題が起ったことは、お雪ちゃんの知らない不祥事でした。
 それは、お代官から改まって三名ばかり役人が見えて、さいぜん、お代官が検分の砌《みぎ》り、この乾物屋の附近に立っていた在郷らしい女の子はいったいありゃ何者だ、どこの誰だか詮議《せんぎ》をして申し上げろということです。
 そこで、市場の上下が総寄合のように額を集めて、あれかこれかと詮議をしてみましたけれども、要領を得たようで得られないのは、本人はたしかに見たが、その在所が一向にわからないことです。小豆を買い、お頭附きを買い、その他、椎茸《しいたけ》、干瓢《かんぴょう》の類を買い込んで行ったことは間違いなくわかりましたけれども、どこの何者かどうしても分らないのです。ただ、言葉つきから言えば、決してこの山里から来た者ではなく、そうかといって、土地の者でも、上方風の者でもないことは明らかだし、その風采や、品格から言えば、なかなか山里や在郷の者ではないが、いでたちは、ざらにあるこの辺の山出しの娘にちがいなかった――ということだけは誰も一致するのです
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