、
「いいえ――」
その返答ぶりだって、近在の山奥から出て来た娘ではない。
「どこだい」
「はい」
お雪ちゃんは返答に窮してしまったが、折よくそこへ来合わせた兵隊が一人、
「もはや、あの農兵の組合せが出来上りまして、いつにても調練の御検閲をお待ち申しております」
「ああ、あの農兵の調練か、この足で出向いて行く、御苦労御苦労」
お雪ちゃんを見ていた新お代官は、この兵隊の復命を聞くと頷《うなず》いて、前へ歩み出しましたが、どうも横目でじろじろとこちらを見ていられるようで気味が悪い。
それでもその場はそれだけで、何のこだわりもなく、市場は以前のような喧噪《けんそう》と雑沓《ざっとう》にかえり、お雪ちゃんは首尾よく手頃のお頭附《かしらつ》きを買って家へ帰りました。
帰ってみると、何にするためか、碁盤を前にして、紙を畳んでは刻み、刻んでは畳んでいるところの竜之助を見ました。
お雪ちゃんはいそいそとして、買い調えたものの料理にかかり、それより適当の時間に、やや早目な晩餐が出来上り、やがて睦《むつ》まじく膳を囲みました。
お祝いが済むと、また緊張しきった気持で新しい仕事にとりかかる心持
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