座敷へ取って返すと、同時に気のついたのはこのなり[#「なり」に傍点]ではどうにもならないということでした。内にいる分には何でもいいが、外へ出るには、これでは……と悄気返《しょげかえ》ったのも無理はありません。あれ以来今日まで、まだ町へ下りたことのないのに、これでは仕方がない、ほんとうに貰い集め、掻集め同様の衣裳で身をつくろっているという有様ですから、全く出端《でばな》を挫《くじ》かれてしまいました。
といって、買物を止める気にはさらさらならない、と、目についたのが、衣桁《いこう》にかけた例のイヤなおばさんの形見の小紋の一重ねです。あれを引っかけて行こうか知ら、あれなら、どうやら外聞が繕《つくろ》えるが、気恥かしいばかりではない、見咎《みとが》められた時の申しわけにも困りはしないか。
といって、やっぱりこの場は、あれを着て行くよりほかはない。いっそ晩にしようかと思いましたが、夜は物騒であって、とても一人で出て行けるものではない。これにひっかかったお雪ちゃんは、ほとんど当惑に暮れてしまったが、ふと、壁に寺用の雨具のかかっているのを認めました。
雨具というけれども、それは雪具といった方
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