いばかりにして出て行きました。
竜之助も、それを拒む由はないが、喜んで出て行ったお雪のあとに、一抹《いちまつ》の淋しいものの漂うのに堪えられない気持がしました。
二十八
ちょうどその日、代官の屋敷では新お代官の胡見沢《くるみざわ》が、愛妾のお蘭の方と雪見の宴を催しておりました。
雪見といっても、雪は降っていないのですが、三日前、チラチラふった雪の日に、一杯飲もうと言ったのが、急の用件で延び延びになったために、今日その雪見の宴を開いて、水いらずに楽しんでいるという次第です。
そこへ、女中が取次に来ました。
「あの、いつも見えます鶴寿堂が参りました」
と、それは主人公の胡見沢に向っての注進ではなく、お部屋様のお蘭さんの顔色をうかがっての取次でした。
「政吉が来たかい、政吉ならここへお通し」
お蘭の方は、主人の同意を得ることなしに、独断でこの席への出入りを許したものです。
まもなく、女に導かれて、廊下伝いにこの席へ現われたのは、相応院のお雪ちゃんをお得意とする貸本屋鶴寿堂の若い番頭、なおくわしくいえば、白骨へイヤなおばさんが同伴して来た浅吉という男とそっくり
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