何をうつしたんだえ」
と竜之助が尋ねました。
「『妙々車』という合巻物《ごうかんもの》でございます、春馬作、国貞画とありますが、まあ、わたしの書いたところをはじめから読んでお聞かせ申しましょう、なかなか面白いお話ですけれど、話にしてあげるよりも、わたしの書いた通り読んでお聞かせしましょう」
と言って、お雪ちゃんは、自分の作ったものを、自分で朗読でもして聞かせるかのような意気組みで……
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「中古のころなりけん、ゑちごの国、うをぬまのこほり、八海山《はつかいざん》のふもとなる雷村《いかづちむら》といふところに度九郎とよぶかりうどありけり、そのつまは荒栲《あらたへ》とて、ふうふともうまれつき、貪慾邪慳《どんよくじやけん》かぎりもなくよからぬわざのみ働く故、近きあたりの村里に誰ありて、彼等めうとに親しみむつぶものなく、ある年、冬の末つかた、荒栲は織上げし縮《ちぢみ》を山の一つあなたなる里に持行き売らんとするに、越路《こしぢ》の空の習ひにて、まなくときなく降る雪の、いささかなる小やみを見合はせ、橇《かんじき》とて深雪の上をわたるべき具を足に穿《は》き、八海山の峰つづき、牛ヶ
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