ういう奴が近所へ来た時には、何か勘避《かんよ》けの方法を講じておかんと、安心して生活はできない」
「それから、今のその西鶴の盲人|咄《ばなし》の最後の『おたか米屋』というのは、いったいどんな米屋なんですか」
「さあ――」
 それには、柳水宗匠も、ちょっと註釈に困ったようでしたが、
「とにかく、男まさりで、女手で切って廻す米屋の女あるじで、相当の評判者なることは確かだが、戸籍の謄本はここにありません」
「つまり、飛騨の高山の穀屋の、イヤなおばさんといったようなタイプだろう」
「は、は、は、まず、そんなものかね」
 ともかく、一座の散会がこの笑いに落ちることになりました。

         四

 弁信が、その輪講の席を辞したのは、講義半ばの時分であったか、その終りに近づいた頃であったか、但しはのっけに輪講の初端《しょっぱな》、品右衛門爺さんや久助さんが、好意的退席を勧告された時分に、一緒に身を引いたものか、そのことは誰も気のついたものはありませんでしたけれど、弁信が自分の部屋としてあてがわれた三階の源氏香の一間に来て、夜具の傍らにホッと息をついたのは、この夜も闌《たけな》わなるある時刻
前へ 次へ
全433ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング