がひどいことでござりますから、たとえ一晩でもこの笠で雨露《あめつゆ》お凌《しの》ぎ下さいまし」
自分の持って来た菅笠《すげがさ》を、台座に攀《よ》じ上って地蔵菩薩の御頭《おんかしら》の上に捧げ奉る。
姫の井の道、見返りがちなる大菩薩峠の辻――木の間枝のはずれから、いつまでも見えるあの笠。菩薩も笠を傾けて送り給うと見ゆる。
姫の井の道を、左に広やかなかやのを見て歩いて行くとまもなく大菩薩西の峠の萩原の小平。珍しやここにまだ新しい山小屋が一軒、その以前に見かけなかったものだが、猟師か、山番の小屋か、立寄って見ると締め切った入口に札がかけてある。
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「長兵衛小屋
大菩薩峠ノ道ヲ通ル旅ノ人、往々魔風ニ苦シメラルルコトアリ、依ツテココニ茅屋ヲ造リ報謝ノ意ヲ表スルモノナリ、貴賤道俗トナク、叩イテ以テ一夜ノ主ナルコトヲ妨ゲズ
年月日
[#地から2字上げ]嶺麓 大藤村有志」
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さては奇特の人ありけり、これもこれ艱《なや》み多き世路をすくわん菩提心の一つ、暫く御報謝にありつかんと、与八は戸を押してみると、容易《たやす》くあいた。中に入って見る
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