をつかったり、人の太腿を抓《つね》ったりすることは、あたりまえの挨拶と心得ているに過ぎない、下町の棟割《むねわり》の社会などには、こんなことはざらにある、すなわち、親爺や兄貴などから、そんな挨拶の仕様を仕込まれていることさえ多いのだ。
 あいつは必ずしも低能じゃないだろう、そうしているうちに、普通の女として発達するのだろう。発達する、俗に色気が出るという時分になれば、かえってあんなことはしなくなるものだ。
 だが、この二三日、姿を見せないのは、なんとなく淋しいな、ほんとうに物足りない。お絹という奴にも、ずいぶん淋しい思いをさせられたが、このごろは慣れっこになってしまったのか、今日このごろは、あの低能の来ないことが、いっそう自分の心を空虚にしている、心というものは変なものだ、神尾はこういったような不満を感じて、
「よし坊は、どうしたのだ、今日は来ないのか」
 こう言って子供たちに鎌をかけてみると、
「ああ、殿様、よしんベエはお女郎に売られたんだよ」
「えッ」
 神尾がここでもまた、子供たちに度胆《どぎも》を抜かれたという始末です。
「よしんベエはねえ、吉原へお女郎に売られたんだから、殿様
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