るほどのことはないはずだが、実は動顛《どうてん》させられてしまったので……こいつは怖いということを知らない、知らないのではない、本来、怖いもの以上に出来ている奴だ、世に馬鹿ほど怖いものはないとはよく言った。それにしてもこの馬鹿に、誰がこういう手筋を教えたのだ。
主膳がこの時に舌を捲いたと共に、この無意識な挑戦に対しては、その教育上の躾《しつけ》の上から目に物見せてやらなければならないと、覚悟を決め、右の手を延ばして、当るところを幸いに折檻《せっかん》を加えてやろうとした途端に、
「よしんべえがいねえよ」
「よっちゃんが迷子になってしまったわ」
「神隠しに会ったのかも知れないわ」
「隠れんぼして、ばかされると、神隠しにされたっきり出てこないんですとさ」
「よしんべえは少しお馬鹿だから、天狗様にさらわれたかも知れない」
「よしんべえ」
「よっちゃんよう」
「早く出ておいでよう」
「もう代りよ、たんこよ」
「早く出ておいで」
「のがしておしまいよう」
「来ないとおいてけぼりにして、みんなで帰ってしまうよ」
こんな声が庭の方で、子供の口々に叫ばれるのが、よくここまで聞える。それは、主膳の傍
前へ
次へ
全433ページ中125ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング