より興行中止仕候」
[#ここで字下げ終わり]
 さすがの道庵も、米友も、津田生も、あいた口がふさがらない。
「ヨタ者は承知で来てみたが、お差止めには口あんぐりだ」
と言いながら、道庵はワザと大きな口をあんぐりとあいて、看板の上を見つめていたが、犬にでも喰いつかれたように、
「あっ! らっきょうだ、らっきょ、らっきょ、らっきょの味噌漬!」
と、目の色を変えて叫びました。

         十八

 神尾主膳が書道に凝《こ》っているということは、前にも述べたことのある通りで、閑居して不善ばかりは為《な》していないという、これが唯一の証拠かも知れません。
 日和《ひより》のいい時、気分の晴れた時には、日当りのいい書斎の、窓の明るい、机のきれいな上に、佐理《さり》、行成《こうぜい》だの、弘法大師だの、或いはまた義之《ぎし》、献之《けんし》だのを師友としているところを見れば、彼も生れながらの悪人ではないと思わずにはいられません。
 今日しも、珍しくその当日でありましたせいか、右の通りにして字を書いて、ひとり楽しむことに余念がありませんでした。
 お絹という女は、今日はいないのです。
 この頃中
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