たん引下った道庵の熱がまた増長してしまい、このごろでは、もはや夜も昼も津田式飛行機製作所に入浸りの有様で、この分では飛行機が完成されない限り、道庵の旅行は無期中止という結果になるかも知れないのです。

         十五

 津田生の満足は、たとうるに物もない有様だが、いい面《つら》の皮なのは宇治山田の米友です。
 せっかく意気込んだ出鼻をこれに挫《くじ》かれたのみならず、更に幾日かかるか測り知られないこの無期延期の期間中は、津田生の製作所に入り浸っている道庵先生のために、毎日一度ずつ弁当を運ばねばならぬ役目まで背負わされてしまいました。
 しかし、また一方には、この米友の不運を緩和するに足る一つの有力なる事情もありました。
 それというのは、例の親の毛皮を慕う小熊を、首尾よく自分の所有とすることができたので、これに就いてはお角さんが香具師《やし》の方へよく渡りをつけてくれ、道庵先生が大奮発で、なけなしの財布を逆さにしてくれたればこそで、この点に於ては米友も、親方としてのお角さんに頭の上らないこと以前の如く、恩師としての道庵に一層の感謝を捧げなければならないことになり、斯様《かよう
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