お雪ちゃんの命を救ったのはよろしいが、かわいそうに、あの子の身代りに死んだ人がありましたね」
「何を言うのです、弁信さん」
 炉辺閑話《ろへんかんわ》の一座の中では、最も臆病な柳水宗匠が、わななきながら唇を震わせますと、
「はい」
 弁信は、おとなしく向き直って、
「あの子が、この白骨へ旅立って参りまするその前から、わたくしはあの子の運命を案じておりましたが、その道中か、或いはこの白骨へ着いた後か、いずれの時かに於て、あの子の運命が窮まるということを、わたくしのこの頭が、感得いたしました。ですけれども、それを引止める力がわたくしにございませんでした。世の中には、こうすればこうなるものだと前以てよく分っておりながら、それを如何《いかん》ともすることのできない例《ためし》はいくらもございますのです。わたくしとしましては、そんな事まで、お雪ちゃんという子の門出を心配しておりましたにかかわらず、お雪ちゃん自身は、白骨へ行くことを、お隣りのでんでん町へでも行くような気軽さで、楽しそうな様子でございました。あの子もやっぱり物を疑うということを知らない子でございます。疑いの無いところに怖れというもの
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