《かご》に乗せて一緒に旅がしたい」
「何とおっしゃいます、お嬢様」
お角は見まいとした、また、見てはならないはずのお銀様の顔を、また見直さないわけにはゆきませんでした。
だがお銀様は冷々《れいれい》として、
「いけないの、お前だって、それをしたじゃないか。岡崎の外《はず》れから、あの方を自分の駕籠に乗せて、相乗りで来たことがあるじゃないの。お前がそれをして、わたしがそれをして悪いということがありますか」
「悪いと申し上げたのではございませんが、お嬢様――」
お角は、言句に詰りました。呆《あき》れたからです。
「わたしはなんだか、そうして歩きたくなりました、あの方と相乗りをして、これでもう安心というところまで、旅をしてみたい気になりました。お前さん、その心持で、あの方にお話をしてみて下さい」
「それはお話を申します分には、いっこうさしつかえございませんが、お嬢様――」
ここでお角さんは、何と要領を伝えていいか、また詰りましたけれども、急に思いついたように、
「お嬢様、あの方は只今、この名古屋にはいらっしゃいませんのです」
「ここにはいないの?」
「はい」
お角さんは急に元気づいてきました。よい口実が出来たものです――
「では、どこにいるの」
「あの――清洲とか言いまして、ずっと遠方なんでございます」
「清洲――清洲は遠方ではありません」
お銀様にピタリと食《くら》ってしまいました。事実、清洲という名だけはお角さんも聞いて知っている。名古屋から上方への方向だということは聞いて知っているが、どのぐらいの距離があるものやら、そのことは一向知らないのです。それで御同様、旅のことであるから、お銀様もやはり御多分には洩れまい、そこで、遠方だと言ってごまかしてしまえば自然この話はうやむや[#「うやむや」に傍点]に解消ができるとこう考えたものですから、そう返事をしたのが誤算でした。つまりお角は自分の知識の程度と、お銀様の知識の程度とを同一に見たことからの誤算でしたが、事実お銀様は清洲というものを知り抜いている。土地そのものとしては、未《いま》だ未踏の地だが、名に聞いているというよりも、元亀天正以来の歴史と伝記の本で暗《そら》んじきっていることを、お角さんは気がつかなかったのがおぞましい。
そこでピタリと抑えられてしまったから、もうお角さんとしては、二言を許されないのです
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