つ左右へ廻り、高腕を腰木へ結びつけ、それから着類の左の脇の下のところを腰のあたりまで切り破って、胸板のところへ左右より巻き、二ところばかり縄でいぼ[#「いぼ」に傍点]結びにする、その上へたすき縄をかけ、その上に胴縄をとって腰のところで縄を二重にしっかりと結びつけることで終る――
 その道の本職が幾人も手を合わせてやるべき仕事を、ぽっと出の幼尼ひとりに任せられるはずのものではない。自然、罪人の望み通りに縛ることを許したとは言い条、事実は下働きと非人と人足とが手を持添えて、その要所要所におまじないをさせるだけのものであります。
 こうして、仕来《しきた》り通りに柱へくくりつけられた罪人は、次に手伝いとも十人ばかりして、その柱を起して持ち上げ、かねて掘り下げて置いた穴の中へ押立て、三尺ばかり埋め込んで、根元をしっかりつき固める。
 ここで罪人は全く正面をきって、高く群集の万目の前に掲げられたものですから、矢来の外がジワジワと来ました。
 検視がズラリと床几《しょうぎ》に坐る。
 下働非人が槍をもって左右へ分れる。
 右の方にいた非人が、突然、槍をひねって、
「見せ槍!」
 一声叫ぶ。
 槍の穂先がキラリと光って、罪人の面前二尺ばかりのところを空《そら》づきに突く。
 と、左の一方のが、
「突き槍!」
 その一声で、罪人の右の脇腹からプッツリ槍の穂先、早くも罪人の左の肩の上へ一尺余り突抜けている。血が伝わるのを一刎《ひとは》ね刎ねて捻《ひね》る。
「うむ――」
 これは本当は抉《えぐ》るそのものの絶叫。
 この辺で群集の海に、
「南無阿弥陀仏――」
の声がつなみのように湧き上る。見るもののほとんど全部といっていいほどが、下を向いたり、眼をそらしたりしたものですが、今のその長く引いた罪人のうめき[#「うめき」に傍点]の唸《うな》りだけは、聾《つんぼ》ではない限りの腸《はらわた》を貫いて、生涯忘れることのできない印象を残さずにはおかないことでしょう。
 それから後の、左右交互に突き出し突き抜く槍先と、一槍毎に弱りゆく罪人の唸りとを、まともに目に見、耳に留めるものはおそらく一人もなかろうと思われたのに、たった一人はありました。それはお銀様。
 役目の人は知らず、こうして非人がアリャアリャと都合三十槍突いたのを矢来の側の特別席とでもいったところに立っていて、最後まで眼をはなさずに見
前へ 次へ
全217ページ中142ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング