います」
お銀様の生返事が気に入らないけれど、お角さんは、明後日ということに念を押して、この宿を出て来ました。
四十二
お角さんのイヤがるとイヤがらないとに拘らず、その翌日には、城外|土器野《かわらけの》に於て、磔刑が執り行われるのです。
今日の磔刑のその当人は、先に七里の渡頭に於て捕われた味鋺《あじま》の子鉄であることは、誰知らないものはありません。
だが、その子鉄とお銀様と何の関係《かかわり》がある、物好きにも程のあったものだと、お角さんの余憤が止まらないのも無理はありません。
絶えて久しい磔刑というものを見ようとして、沿道は人垣を築いたこと申すまでもないことです。その間を牢屋から引出されて刑場へ送られて行く子鉄は、大体に於て仕来《しきた》りの通り、裸馬に乗せられて、前に捨札、役人と非人と人足が固めて、そうしていよいよ刑場まで着いて馬から引下ろされた時に、検視詰所の背後から、ちょこちょこと走り出た者がありました。
「お父《とっ》さん、水――」
これは、小さな尼さんが竹の柄杓《ひしゃく》を捧げている。
子鉄は振返って、右の小さな尼の面《かお》をよく見たが、やがて捧げられたところの柄杓のままを口につけて、ゴクリゴクリと二口ばかり水を飲みました。
ところが、そうして父と呼んで、末期《まつご》の水を飲ませた尼は、父から見据えられた面を自分も見上げたが、存外、感情が動きません。泣きもしなければ、別段、目に涙を湛《たた》えているのでもない、もとより嬉しがってはいないけれども、父だという人の今日の最期《さいご》に、特になんらの激動した感情が認められないのは性質かも知れません。
全く、これで見ると、この児は、父の最期の名残《なご》りを惜しんで、水を与えに来たものではなく、確かに水を持って行けと言われたから、その言いつけの通りにしてみたものらしい。親ながら、父も暫くその顔を見据えただけで、この際、特別な愁歎場を見せないで、仕置場の方へ曳かれて行ってしまったことが、見物にはあっけ[#「あっけ」に傍点]ない思いをさせました。
親子といったからとて、そう情愛ばかりあるにきまったものではない。
小さい尼さんは、おつとめを果したが、さてまた検視詰所の後ろへ立戻ったものか、もう少し父のあとをついて行ったものか、手持無沙汰の形でうろうろしています。
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