拙《まず》いものだとばかりは思われませんでした。
現に見本として、誰が書いたかわからないが、昨日借りて置いた素人《しろうと》うつしの一冊「花がたみ」というのから比べると、自慢ではないが、自分の方がずっと出来がよい、絵をうつすにしても、本文を頭に入れて置いてかかるから、作中の人々の気持が多少乗り移るように感じてなりません。
それに本文は、筆写にかかわる必要はないから、すらすらと自分流に、画面にも合うように筆を走らせるから進みも早く、その日のうちに、十余枚の一冊を苦もなく仕上げてしまいました。この分なら、慣れさえすれば一日に二冊は間違いないと思いました。
異常な興味と勇気とをもって、それの初冊を仕上げてしまったお雪ちゃんは、その夜右の一冊を手に持って、竜之助の枕許《まくらもと》に来て、
「先生、ほんとうによい仕事をしました、骨の折れるどころじゃありません、わたしの大好きの仕事ですから、仕事というよりは、楽しみでございますわ、まあ、ごらん下さい、これでも本屋さんは何と言うかしら」
初仕事の出来栄えを、見えない人に見てもらいたいほど、お雪ちゃんは自分の仕事を珍重しています。
「何だね、何をうつしたんだえ」
と竜之助が尋ねました。
「『妙々車』という合巻物《ごうかんもの》でございます、春馬作、国貞画とありますが、まあ、わたしの書いたところをはじめから読んでお聞かせ申しましょう、なかなか面白いお話ですけれど、話にしてあげるよりも、わたしの書いた通り読んでお聞かせしましょう」
と言って、お雪ちゃんは、自分の作ったものを、自分で朗読でもして聞かせるかのような意気組みで……
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「中古のころなりけん、ゑちごの国、うをぬまのこほり、八海山《はつかいざん》のふもとなる雷村《いかづちむら》といふところに度九郎とよぶかりうどありけり、そのつまは荒栲《あらたへ》とて、ふうふともうまれつき、貪慾邪慳《どんよくじやけん》かぎりもなくよからぬわざのみ働く故、近きあたりの村里に誰ありて、彼等めうとに親しみむつぶものなく、ある年、冬の末つかた、荒栲は織上げし縮《ちぢみ》を山の一つあなたなる里に持行き売らんとするに、越路《こしぢ》の空の習ひにて、まなくときなく降る雪の、いささかなる小やみを見合はせ、橇《かんじき》とて深雪の上をわたるべき具を足に穿《は》き、八海山の峰つづき、牛ヶ
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