思ったそれは、存外、念入りの工事のために、なかなか思うように外《はず》せないことを発見しました。それがために、よほど周囲を掘りひろげ、隣石と隣石との間をこじあけなければならないことを覚りました。しかし、本来、幅も行き[#「行き」に傍点]も知れた石だから、結局は努力の問題だけだという見とおしで、かなり無理をしてこじたけれども、石の食い合せにドコか執念深いところがあると見えて、ようやく困難を感じて、一同暫く息を入れないことには、一気にはやれないことを覚ったものです。
 郁太郎を背負ってこの一行に加わっていた与八は、離れてその掘返しを見ていたのです。
 それは、自分が手を出すまでのことはなかろうと思うし、また郁太郎も背中にあることだし、第一それに与八は、心して力を出すまいと念じていることがあるのです。それは慢心和尚に戒《いまし》められたからというわけではないが、自分の馬鹿力を出すことは、徒《いたず》らに人の驚異と好奇を惹《ひ》くのみで、その結果のよくなかったということを自覚せしめられていることが多いから、道中では人並みの仕事をし、力を出さねばならぬ時には、人に隠れた場所に限るというような戒めを持っていたから、それで、強《し》いて手出しをしなかったのですが、ここでみんながもてあまし出したのを見ると、気の毒になりました。
 なるほど、見たところでは、さほど苦しまずに抜き出せそうであるが、中の食い合せがしぶといに違いない、無理はいけないな、と思っているうちに、やっぱり無理をしたがります。無理引きをしたり、無理押しをしたりしているうちに、周囲にわたっての土台が非常に痛んでゆくことを見ないわけにはゆきません。それに、こんなことでは、この石一枚を外すのに半日かかるかも知れない。これでは、せっかく棟梁に賞《ほ》められようと思ってした仕事が、叱られる様子になるのもかわいそうだ。
 そこで与八は、ついつい手を出してやる気になりました。
「わしがひとっきりやってみますから、皆さん退《ど》いていてごらんなさい」
 一同は、思わず手を明けて与八を見ると、無雑作に寄って来た与八は、郁太郎を背負ったままで、軽く両手をその一枚石にかけたものです。その時に、右の一枚石が与八の手にかかって、ほとんど篩《ふるい》を廻すような軽みで左右に揺れ出したのには、一同が舌を捲かずにはおられませんでした。
 腕に覚えの
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