無心で通り過した甲府の城下――その昔、ここで、自分たちに縁を引いたそれぞれの人たちが、腥風血雨《せいふうけつう》をくぐり歩いた昔話も、与八は一切知らぬが仏――こんな山国の中に、またたいそう賑やかなところがあったもの。郁太郎のためにおもちゃと菓子とを買い与え、自分は茶屋へ寄って弁当で腹をこしらえて、いざ出立。無心で来て無心で過ぎてしまった甲府の城下。
 やがて釜無の川原――弁信法師が曾無一善《ぞうむいちぜん》の身に、また※[#「しんにゅう」、第4水準2−89−74]《しんにゅう》をかけられたところ。琵琶が虐殺されて、肝脳を吐いていたところ。与八のためには遮るものも、脅《おびやか》すものもなにも無い。竜王川原を越ゆれば有野村。

 村へ入ると、もう問わでもしるき藤原家の大普請。木遣《きやり》の声、建前の音ではや一村が沸いている。
 慢心和尚の紹介は地頭の手形よりも有効で、与八は直ちにこの工事の手伝役にありつく。
 与八の体格の肥大であることと、子持ちの労働夫ということが、工事仲間の眼を惹《ひ》いたけれども、それも束《つか》の間《ま》、やがて与八は、この多数の工事人夫の間に没入してしまう、没入して現われないほどによく働いたが、どうしてもまた浮び上らなければならない。それは、第一によく働くこと、第二には総てに親切なこと――珍しい稼ぎ人が来たものだという評判が、それからそれと伝わって、彼の現われるところ、おのずから薫風《くんぷう》の生ずる有様を如何《いかん》ともすることができませんでした。
 ある日、この工事が、本邸の雨滴《あまだれ》の境に据えるところの磐石《ばんじゃく》の選定に苦しみました。
 石は多いけれども、大きくして、そうして雨滴の下に用うる風雅と実用とを兼ねた石が、かねて寄せられたもののうちに急に見つからなかったために、石探しの一隊が組織されました。
 一隊の者が、ここへ据える石を、この近所から物色して来るために派遣されるようになって、与八もその一隊の中へ加えられることになったのです。
 といっても境外へ出る必要はなく、この広大な屋敷のうちを物色することによって、適当のものが見つかるべきはずである。この一隊が、お正午《ひる》休みを利用してその目的のために、ブラブラと出かけるには出かけたが、さて探すとなれば、やっぱり有るようで無いもの、大きさにおいて適当と見れば形に於
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