をつかったり、人の太腿を抓《つね》ったりすることは、あたりまえの挨拶と心得ているに過ぎない、下町の棟割《むねわり》の社会などには、こんなことはざらにある、すなわち、親爺や兄貴などから、そんな挨拶の仕様を仕込まれていることさえ多いのだ。
 あいつは必ずしも低能じゃないだろう、そうしているうちに、普通の女として発達するのだろう。発達する、俗に色気が出るという時分になれば、かえってあんなことはしなくなるものだ。
 だが、この二三日、姿を見せないのは、なんとなく淋しいな、ほんとうに物足りない。お絹という奴にも、ずいぶん淋しい思いをさせられたが、このごろは慣れっこになってしまったのか、今日このごろは、あの低能の来ないことが、いっそう自分の心を空虚にしている、心というものは変なものだ、神尾はこういったような不満を感じて、
「よし坊は、どうしたのだ、今日は来ないのか」
 こう言って子供たちに鎌をかけてみると、
「ああ、殿様、よしんベエはお女郎に売られたんだよ」
「えッ」
 神尾がここでもまた、子供たちに度胆《どぎも》を抜かれたという始末です。
「よしんベエはねえ、吉原へお女郎に売られたんだから、殿様、買いに行っておやりよ」
 神尾が第二発の爆弾を子供からぶっつけられて、ヘトヘトになりました。それでも足りない子供たちは、
「あたいも、いまに稼《かせ》いで、お金を貯めて、お女郎買いに行くの、よしんベエを買いに行ってやらあ」
 彼等は、自分の家の製造物が問屋へ仕切られたような気持で、友達の売られたことを語り、お小遣《こづかい》を貰っておでんを食いに行くと同じ気持で、その遊び友達であった異性を買いに行くことを約束している。
 さすがの神尾も、子供たちから続けざまの巨弾を三発まで浴せられて、のけ反《ぞ》っているのを見向きもしない子供たちは、
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おんどら、どら、どら
どら猫さん、きじ猫さん
お前とわたしと駈落《かけおち》しよ
吉原|田圃《たんぼ》の真中で
小間物店でも出しましょか
一い、二う、三い、四う
五つ、六う、七、八あ
九の、十
唐《とう》から渡った唐《から》の芋
お芋は一升いくらだね
三十二文でござります
もうちとまかろか
ちゃからかぽん
おまえのことなら
負けてやろ
笊《ざる》をお出し
升《ます》をお出し
庖丁《ほうちょう》、俎板《まないた》出しかけて
頭を切
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