白い。袖附のところから見ると、腋の下の肉附がやっぱり肥え太って白く、肉の発達を示している。
 厄介千万な低能め――と呆《あき》れ返っていた主膳の眼が、その白い太った肉附の一部を見せられると、俄《にわ》かにその三つの眼が、あわただしく瞬《まばた》きをしました。書道を楽しんでいた時の眼の色ではない、無邪気だと苦り切った迷惑千万の色でもないのです――よく現われたところの貪婪《どんらん》なる染汚《せんお》の色が、三つの眼いっぱいに漲《みなぎ》って来たのです。そうして、年に増して全体に成人しきっている小娘の肉体の張り切った曲線を、衣服の上から透して見るのみならず、その張り切った肉体が呼吸でむくむくと動き、その中の一片、襟足だの、腋の下だのが外れて、惜気もなく投げ出されてあるのを、食い入るように見つめてしまいました。
「あら、いやだ」
 その時、低能娘が、ちょっと首をあげて主膳の面を仰ぎ、ながし目に見て睨《にら》むような眼つきをしました。
 主膳は、今、ほとんど自分のしたことを忘れたように無言でしたが、実はその指先でこの低能娘の腋の下を、ちょっと突いてみたのです。それは本能的でありました。いたずらをするつもりでも、からかってやるつもりでもなく、主膳としては、そのハミ出した肉の一片が、硬いか、やわらかいかを試みてみなければ、この食指が承知しないような慾求に駆られたものですから、全く本能的に、指先がそこへ触れたか、触れないか、自分でさえもわからなかった時に、低能娘がその点は存外鋭敏で、「あら、いやだ」と言われて、はじめて主膳としても、何だ大人げない、という気になったのですが、自分を見上げてながし目に睨んだ低能娘の眼を見て驚きました。何といういやな色っぽい目をしやがる、馬鹿のくせに!
 主膳は、こいつ憎い奴だと思い、よし、その儀ならば、もう少しこっぴどく退治してやろうと怒った時に、
「あっ!」
 今度は主膳が全く圧倒されてしまったので、仕置を仕直してやろうと思っている当の小娘から先手を打たれてしまったのは、返す返すも意外な事でした。
「あっ!」と言ったのは低能娘ではなく、三ツ目入道の神尾主膳で、その時、主膳は屈んでいた低能娘のために、自分の太腿《ふともも》を、いやというほど下から抓《つね》り上げられてしまったのです。
 といったところで、女の子のする力だから、主膳ほどの者が悲鳴を揚げ
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