。
風体《ふうてい》の怪しい浪人者と見たらば、引捕えることも、尋常に捕まえきれぬ時は、斬り殺すことも許されている。一応、諒解したらしいが、再応の雲行きが怪しくなったと見て取った白雲は、
「いや、君たち、絵かきだから二本差して悪いというわけはないのだ、拙者は絵を描いているが、野州の足利でこれでも士分のはしくれの者なのだ、浪人者じゃないのだ。それ見給え、この写生帖というものを見るがよい、香取、鹿島から、霞ヶ浦から、鹿島洋《かしまなだ》からこっちの風景をこの通り写して来ている、今もそれ、平潟《ひらかた》の村から勿来の関、有名な古来の名所だろう、それを、この通り図面にうつし取ったのだ」
と言って、ワザワザ彼等の前に、その写生帖をひろげて見せました。
言語、文章を以てしては理解せしめ能《あた》わざるものを、絵画が容易《たやす》く説明する。田山白雲は、いつもこの手でもってあらゆる難関を突破する。
彼はその風采に於て、剣客とされ、浪士とされ、或いは風雲の機をうかがうたぐいの間諜とあやまられるのに適している。そこで頭から、自分は絵師の田山白雲ということを名乗って、そうしてなお聴き容れられざる潮合いを見て、この写生帖を提出すれば、万事はたちどころに解決するのを例とする。今も、
「なるほど、浪人者にゃあ、こうは描けねえなあ」
という諒解についで、
「やあ、九面《ここつら》の太平が小屋を描いてあらあ。九面の太平が小屋、あん嬶《かか》あが、餓鬼をしょって立ってやがら」
「あ、あ、あ、太平が小屋か、お国っかかあが餓鬼を背負って立ってるとこが、うまくけえてありゃがらあ――ふーん」
諒解が、やがて感歎に変り、
「うめえもんだなあ、こりゃお関所の松の木んところだぜ――そっくりだあ、あ、こりゃ山庄の土蔵だよ」
「なに、お前様、小名浜《おなはま》の網旦那んとこんござらっしゃるのかね――みんな、御粗末にするなよ、網旦那んとこのお客様だあよ」
と、村の長老がこう叫び出したので、空気がまた一変しました。
十七
田山白雲は、長老の一人から、
「で、お前様、絵をかきに上州の方から、わざわざ、こっちへござらっしゃったのかい、そうして、これから、どっちの方さ、ござらっしゃるだかえ」
とたずねられて、
「今日はひとつ小名浜というところまで行って、そこで、小谷半十郎というのへ、紹介されているから、泊ろうと思うのだ」
「え、小名浜の網旦那んとこですか」
「いや、小谷というのだ」
「そりゃ、お前様、網旦那んとこだ」
「とにかく、そこへ尋ねて行くのだ」
「それじゃ、網旦那のお客様だ。みんな、このお絵かきさまは、網旦那んちのお客だから失礼のねえようにしなよ。直《なお》しゅう[#「しゅう」に傍点]に次郎公、おめえ、小名浜まで、このお絵かき様をお送り申しな」
こうして、彼は質朴なる村人の諒解と、好意を得て、その夜は関北の村に一泊し、翌日は小名浜の小谷家まで無事に送り届けられて、そこで、鹿島洋で、測量のさむらいがくれた紹介状が立派に物を言い、このあたりでは、ほとんど領主でもあるらしき尊重ぶりの、いわゆる網旦那の屋敷の客となることを得たという次第です。
その家について見ると田山白雲は、いよいよ以て、この辺に於ける網旦那なるものの勢力が、勢力に於ても、富に於ても、鹿島以東の浦々に並ぶ者のない威勢を見せていることを知り、そうしてまた、ここの当主が聞えたる蔵幅家であることを知り、なお人物と書画と両方面に、相当の鑑識を備えていると見えて、田舎廻《いなかまわ》りの旅絵師を名乗って来た白雲を、無下に扱うということなく、少しく画談を試みているうちに、所蔵の書画を、それからそれと取り出して見せるのですが、白雲は、その数に於て驚かされないわけにはゆきませんでした。
次から次と運ばせる軸物のなかには、駄物もあるが、また相応に見られるものもないではない。どうして、こんなところへ、こんな作物が舞い込んだかと思われるほど、支那の元《げん》明《みん》あたりの名家へ持って行きたい軸物も、時おり現われて来ることに感心しました。
そのうち、ことに白雲の眼を驚かしたのは竹林《ちくりん》の図です。
「これは蛇足《だそく》ですな」
「そうです」
「うむ――」
と言って、白雲が眼をすましたのを見て、主人が敬服しました。
数ある画幅のうちで、主人にとって、この蛇足は、一二を争う秘蔵のものであるらしい。しかしながら、この辺鄙《へんぴ》にお客に来るほどのもので、この主人の自負に投合する者が極めて少ない。蛇足を蛇足として見るだけの明のない奴等を、主人が笑ったり、ひとり腹を立ったりしているところへ、たまたま白雲が来て投合し、この蛇足に向って、蛇足だけの扱いをしたのですから、主人が悦びました。
白雲としては、当然なことです。
瓦礫《がれき》は転がるように転がり、珠玉は珠玉のように輝いて光っているのだから、数ある軸物のうちで、蛇足にひっかかったのは当然ですが、それが、たまたま主人の意を得て、
「この絵かきは話せる!」
という心持にして、それが、やがてまた待遇の上にまで現われて来るのも当然でした。
白雲は、この蛇足から眼がはなれないでいる間に、主人の注文も定まったと見えます。
やがて離れの別室にうつされて、主人の注文に応じて画を作ることになった白雲の微吟の音が、外へ聞えます。
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吹く風ならぬ白雪に
勿来の関は埋もれて……
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十八
しかし、ここでは、たとえ主人の好意があろうとも、注文の絵の性質があろうとも、永く滞留して、筆を練るということを許さない事情がありますから、白雲は二日間を限りて二つの画を作って、明日は晴雨にかかわらず、ここを立つという時に、主人が送別を兼ねて、小宴を開いて白雲をねぎらいました。
二日間の作、一つは主人の注文によっての「鍾馗《しょうき》」と、自分の作意によっての「勿来関」であります。
その二つを、床の間に置いて、送別の小宴を開いているところへ、外から、
「半十郎」
と主人の名を呼ぶ声がします。
「ああ、児島先生がおいでになりました」
主人が座を立って迎えようとする時、早や、声の主は襖を押開いて、無遠慮に、ここへ通りました。それを白雲が見ると、小柄な、色白の、まだ年の若い一人の武士であります。
「拙者は、米沢藩の児島辰三郎という者でござる」
引合わせられて、その若い武家が、白雲の前に名乗りました。
年は若いし、小柄ではあるし、色は白いし、額は広いのに、髪は惣髪《そうはつ》に結んであるので、一見、女にも見まほしいといったような優男《やさおとこ》には見えるが、そこに、なんとなく稜々たる気骨の犯し難きものを、白雲が見て取りました。
打見るところ、何か、出張の目的あって、自分よりも以前にこの家に逗留《とうりゅう》しつつ、その所用を果しつつあるのだな。
「ごらん下さいませ、あなた様の御不在中、田山先生に、あの二幅を描いていただきました」
「ははあ、鍾馗か……風景は、あれは勿来の関だな」
「はい」
「うむ、見事見事」
その武士は、見事見事だけで一切を片附けてしまったのを、白雲は笑止に思うくらいです――やがて、酒杯をすすめて後、主人が改めて、
「児島先生、この勿来の関の方に、先生の御賛《ごさん》をいただきたいものでございます、いかがでございましょう、田山先生」
と網旦那の主人が言いました。
「結構ですな」
と白雲が如才なく同意を示すと、主人は手を打って人を呼び、筆墨の用意にとりかからせたが、それと聞いて、いやとも言わず、黙諾の形を示していた児島なにがし[#「なにがし」に傍点]といわれた武士は、
「いいですか、せっかくの名作を汚してもかまいませんか」
「どうぞ御遠慮なく」
と白雲が、やはり如才なく言いました。
「では、ひとつ」
用意せられた筆に墨を含ませて、白雲の描いた「勿来の関」の上の空白を睨《にら》んでいる目つきを見て、白雲が、こざかしい振舞かなと思いました。
このぐらいの年配で、たとえ旅の貧乏絵師とはいえ、いやしくも他人の描いたものへ、賛をと望まれても、一応は辞退するのが礼であろうのに、いっこう、辞退の色もなく引受けて、少しもハニかむ色なく、筆をぶっつけようとする度胸だが、盲蛇《めくらへび》だか、それを白雲は、小癪《こしゃく》な奴だという気がしないでもありません。よし、まあ、やらせてみろ、下手なことをしやがったら、その分では置くまい、白雲の手並を見せてやる、それからでよい。
若造――やってみろ、という気構えで傍らから白雲が悠然として、酒杯をふくんで見ているうちに、筆を取って、画面を見ていた右の若い武士は、ズブリと硯田《けんでん》にそれを打込んで、白雲の揮毫《きごう》の真中へ、雲煙を飛ばせてしまいました。
「あっ!」
と白雲が酒杯を落そうとしたのは、憤慨のためではありません。
その竜蛇を走らすが如き奔放なる筆勢――或いは意気に打たれたとでもいうのでしょう。
十九
まず、書の巧拙や、筆法の吟味は論外として、その覇気《はき》遊逸《ゆういつ》して、筆端竜蛇を走らす体《てい》の勢いに、さすがの白雲が、すっかり気を呑まれてしまった形です。
そうして、白眼で見ていた眼が躍《おど》り出し、危うく酒杯を取落そうとして見ていると、そんなことを眼中に置かず、さっさと、走らせた筆のあとを、文字通りに読んでみると、
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平潟湾、勿来関(平潟の湾、勿来の関)
石路索廻巌洞間(石路|索《もと》め廻《めぐ》る巌洞の間)
怒濤如雷噴雷起(怒濤雷の如く噴雷起る)
淘去淘来海噬山(淘《ゆ》り去り淘り来《きた》り海、山を噬《か》む)
地形雄偉冠東奥(地形の雄偉、東奥に冠たり)
…………………
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一字一句もまた、その筆勢にかなう磊嵬《らいかい》たる意気の噴出でないものはありません。
もとより古人の詩ではない。誰か、近代人の作を借りて来たのか、どうもその手に入った書きぶりを見ていると、他の作を借りて、自家の磊嵬に濺《そそ》ぐものとも思われないのです。
してみれば、これは自作だ、この年で――二十歳前後です――この筆で、この作で、この意気、これは全くすばらしい男だと、白雲が舌を捲いてしまって、今度は、改めて、拳を膝に置いて、その武士の横顔を、穴のあくほど睨《にら》みつけたものです。
件《くだん》の武士は、ここまで一気に雲煙を飛ばせて来たが、ここへ来ると、ピッタリ筆をとどめて、
「まだ、あとがあるのだが、未完稿として、これで筆をとめておく」
と言いながら、同じ筆で、そのわきへ「湖海侠徒雲井竜雄題」と小さく書きました。
これが落款《らっかん》のつもりでしょう。「湖海侠徒雲井竜雄」というのが、この男の好んで用いる変名であろうと白雲が考えました。
そうして見ると、この雲井竜雄という名が、この青年には、いかにもふさわしい命名であるように思われてくる。
主人は、先刻から米沢藩士児島某と紹介していたが、自分で名乗るところでは雲井竜雄だ。それは自己命名か、由緒あるところの雅号かなにか知らないが、この男には、たしかに児島なにがし[#「なにがし」に傍点]よりも、ここに記した雲井竜雄の名がふさわしいと、白雲が微笑して納得してしまいました。
そうとは知らず、昂然として、筆を置いた児島なにがし[#「なにがし」に傍点]こと雲井竜雄は、またもとの座に直ったが、不出来ともなんとも申しわけをするのではなく、自分の書いた賛を七分三分に睨みながら、主人の捧げる杯《さかずき》を取り上げました。
白雲が、そこでなんとなく、いい心持に、持前の喧嘩腰を発揮しようとします。
この男の喧嘩は名物です。喧嘩を吹きかけてみるということが、必ずしも、癪《しゃく》にさわる時のみではない。何かいい心持になった時、酒の勢いによって善悪にかかわらず相手を巻添えにしてしまいたがる。この時もようやく酒気が廻った
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