すれば、それはレコードの誤りで、茂太郎には何の罪もないことでした。
彼はこの唐詩を高らかに吟じつつ、海岸を走り戻りましたが、詩が尽きて、道は尽きず、次にうたうべきものが、未《いま》だ唇頭に上らざるが故に、その間《かん》、沈黙にして走ること約二丁にして、たちまち、その病が潮の如くこみ上げて来ました。
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皆さん――
元来、私は
エロイカの名称によって
知られている
ベートーベンの
第三シムフォニーが
大好きであります……
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と、海の方へ真向きに向って、半ばは独語の如く、半ばは演説の如く叫び出したのが、尋常の声ではありません。
無論、誰も聞く人はない、また聞かせようと思って、呼びかけたものではないのです。
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第八シムフォニーよりも
第五シムフォニーよりも
いわんや非音楽的な
あの第九シムフォニーよりも
この第三と第七とが
最も好きであります
そこで、私は
幾度となく、
この曲を聴いたり
或いはその解剖を
している間に
昔からエロイカに就《つい》て
論ぜられて来た
このシムフォニー特有の
神秘――換言すれば
謎に対して
人
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