中へお連れ下されば、こんな有難いことはござりませぬ。だが御当地をお立ちになって、どちらへ船をお廻しになりますのでございます」

         十一

「この船は、いかなる大洋をも乗りきれるつもりだから、ひとたび出帆した以上は、どこへ行こうとも勝手だが、それには燃料と、食物の関係もあるから、今のところはそう遠くまでは行けない、わしの考えでは、当分、近くのしかるべきところへ落着けて、なお修理と改良を加えたいのだ……その候補地が二つある。一つは駿河《するが》の国の清水港で、一つは陸前の石巻《いしのまき》の港だが、清水港はよいところだが、今のところ、目に立ち易《やす》い心配がある、その点では陸前の石巻がよかろうと思う。そこで、昨晩いろいろ考えて、それにきめてしまったようなものだ」
と駒井甚三郎が、行く先を説明して聞かせた上に、かの地には、曾《かつ》て、高島門下で自分と同窓の、木野徳助というものがあって、土地で有数な船乗りであり、よく自分を諒解していてくれる、それに土地も辺鄙《へんぴ》だから、この辺よりはなお一層人目に立つことが少ない、もしもの場合には、一同が船中生活をしていて、外へさえ出な
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