ことに、ややおそれをなした様子でありました。これにのべつ喋らせたら、たまらないのではないのかとさえ、おそれ出したものもあったようですが、さりとて、それを抑止すべききっかけ[#「きっかけ」に傍点]もないままでいると、弁信はいっこう透《すか》さず、
「なんに致しましても、わたくしがあの雪の大野ヶ原の中に立ちすくんでおりました時に、ふと、わたくしの耳許《みみもと》で私語《ささや》く声がいたしました。それは人間の声であろうはずがございませんが、人間同様のなつかしさを伝えてくれる、小鳥の声でありました……」
と言って、弁信が小首を傾けたのは、その話題にのぼった場合の小鳥の声を、再び耳にしたからではありません――そこで暫くお喋りの糸をたるめていたが、全く調子をかえて、
「外へ、どなたかおいでになっています」
「何ですか」
「今、あちらの方の山を越えて、この宿へ参った方がございます、その方が、戸外《そと》で御案内を乞うておりますよ」
「そんなはずはないよ」
と言っている途端に、表の戸をドンドンと叩く音がしました。
音がして、はじめて炉辺の一同がそれを合点《がてん》したので、弁信のは、それより以前、
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