お喋り坊主は、我にかえると、まず自分の助けられたことの感謝よりも、助けた人の果報を祝福することが、先に出たもののようです。
九十七
「黒部平の品右衛門爺さんは、そうして、わたくしを背中にしょって、雪をかきわけて、こちらへ連れて来て下さいました。品右衛門爺さんの背中で、わたくしは、眼に見えない母の背に負われて、故郷へ帰るような気持が致しました。よくお助け下さいましたとも、ナゼ助けて下さいましたとも、わたくしは、一言も、品右衛門爺さんに挨拶をしなかった儀でございますから、ドコへこの爺さんがわたくしを連れて行って下さるつもりか、そんなことは一向にお尋ねをいたしませんで、母の背中にスヤスヤと眠るような安らかさで、品右衛門爺さんの行くところへ行くことを甘んじておりました。もとより、その時は、この人が黒部平の品右衛門爺さんであることだの、駕籠の渡しで三十七年間、岩魚を釣っていたことだの、そんなことを知っておりますはずもなし、どちらのどなたでございますか、とお尋ねいたしたこともございません。ただ、わたくしを雪の中から掘り出して、背に負っておいでになる、そのお方が猟師でおいでなさ
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