もひとつその裏を行って、この化け物を虜《とりこ》にしてやろう、人間が少し馬鹿だから、虜にするには誂《あつらえ》むきだ、いよいよ当座のよいおもちゃが出来たものだと、主膳の興が湧き上りました。
 だが、主膳がこの女を、女角力の後身だと見誤っていることは前と変らない。女角力でも、女力持でも、たいした変りはないのだが、女角力と圧倒的に断定されてしまっては、女力持はやったけれども、女角力の経歴のないおせいが、躍起となって弁明せずにはいられないらしい。それにもかかわらず、主膳は、一途《いちず》に昔見た女角力のことが、その頭の中に現われて来たものだから、
「十年ばかり前だったが、女角力が流行《はや》ったものでなあ、その中でも、女と座頭《ざとう》の取組みというのはヒドかったよ」
「座頭とおっしゃるのは何ですか」
「お前が知らないなら、話して聞かせてやろう、座頭というのは、あんま[#「あんま」に傍点]のことだ、あんま[#「あんま」に傍点]上りの目の見えない男を引張り出して来て、女角力と取組ませるのだ」
といって、主膳は、今は禁止になっているが、その頃、目《ま》のあたり見た、見世物の一つとしての女角力と、
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