主膳は、むらむらとして、その時に、かの弁信法師なる者に対しての渾身《こんしん》の憎悪《ぞうお》を、如何ともすることができません。
あいつさえ無ければ、あのこましゃくれた、お喋《しゃべ》りの坊主の、ロクでなしさえ無ければ、こんなことにはならなかったのだ、自分の面体《めんてい》に生れもつかぬ刻印を打ち込んで、入墨者同様の身にしてしまったのは、あのこましゃくれた、お喋りの小坊主の為せる業ではないか――主膳がその時のことを思い出して怒ると、額の真中の牡丹餅大の古傷が、パックリ口をあいて、火炎を吐くもののようです。
全く、小坊主のために、自分はこんなにされてしまった。耳切りと入墨と、二つを兼ねたような処刑を、あのお喋り坊主から受けて、自分は今日人前へ出されぬ面《かお》にされてしまった。
憎い小坊主、天地間に憎いとも憎い小坊主め――主膳は、キリキリと歯がみをしてその瞬間には、自分というものの過去は、すっかり抛却され、一にも、二にも、憎いものに向って、その骨髄に食い入る憎悪心が燃え立ちます。
一にも弁信、二にも弁信、あいつがこのおれの面を、世間へ面向けのできないようにしてしまったのだ。思い
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