十二
いつも、お松の提言に不同意を唱えたことのない与八、お松が案を立て、与八が実行する。
お松が、与八に相談なしにする仕事はあっても、与八から一応、お松の諒解《りょうかい》を求めないということはないことになっている。
それに今晩のお松の提案は、今までの提案中の提案で、ここの生活に革命を生ずるとはいうものの、その革命は、生木を裂くようなものではなく、極めて多望満々たる好転である。すべてにとって、天来の福音であって、且つ、実行をして些《いささ》かの危なげのないことをお松が信じているから、それで、いつもよりは、一層の晴々しさをもって、与八に提言してみたのは、むろん与八も二つ返事と信じきっていたのに、今晩に限って、この最良最善の提言を、与八の口から、仮りにも不同意に類する言を聞いたのは、意外中の意外でありました。
そこで、お松はしばらく文句がつげなかったのですが、やがて、
「どうして……どうして与八さん、どう考えたのです」
「どうしてって、お松さん、ほんとうに済まねえが、今の話に、おいらだけは別物にしてもらいてえのだが」
「別物にして、お前さん、それでは、わたしたちと一緒に、房州の駒
前へ
次へ
全323ページ中229ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング