、気心の知れない人では、いくらすすめられたからといって、大海へ出る船なんぞへ乗れたものじゃありませんが、駒井の殿様のお船でしょう、それも、駒井の殿様が御自身で御工夫なすって出来上ったお船を、あの殿様が好きな人だけを乗せて、御自分が宰領《さいりょう》して御出帆になろうというのですから、こんな大丈夫のことはありませんね」
「うむ、それもそうだな」
「それにまた、この小さいお子たちだって、駒井の殿様のようなお方のお傍で、教育されて行けば、出世のためにも、どのくらい幸福だかわかりません」
「それも、そうだろうなあ」
「善は急げと言いますから、そう決心したら早くしましょうよ、なるべく早く仕度をして、お暇乞《いとまご》いをすべきところは早く済ませ、一日も早く房州へ行こうではありませんか。明日から、その仕度にとりかかりましょうね、与八さん」
「うむ――」
与八は、じっと黙って、暫くの間、考え込んでいたようでしたが、
「うむ、それは結構な運が向いて来たのかも知れねえが、おいらは……わしには、少し考げえたことがあるからね」
与八にこう言われて、お松が狼狽《ろうばい》しました。
七
前へ
次へ
全323ページ中228ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング