屑屋と見定めてかかれば何のことはなかったのですが、事の体《てい》が、充分に嫌疑を置くべき挙動でしたから、多少の手数を以てしても、突きとめるだけは突きとめねばならぬなりゆきに迫られたのです。
 そうしている間、例の後ろの高札場と、その傍《かた》えなる歯の抜けた老女のような枯柳が、立派に三枚目の役をつとめました。
 柳の後ろに人がいたのです。それはいつごろから来ていたか、よくわからないが、兵馬に介抱された芸妓が、「いくら芸妓だって、あなた、酔興で夜夜中《よるよなか》、こんなところに転がっている者があるものですか……云々《うんぬん》」と言っていた時分から、柳の蔭がざわざわとしていました。
 それからは、全く動かなかったのですが、バサバサと御膳籠の音がして、足許《あしもと》から飛行機が飛び出したように、屑屋が、この情にからんだ気流を攪乱《かくらん》して行って、兵馬が射空砲のように、そのあとを追いかけた時分になって、そろそろと柳の木蔭から歩み出して来たのは、覆面をして、竹の杖をついたものです。
 音を成さない足どりで、鮮やかに歩み寄って、思わせぶりの芝居半ばで、相手をさらわれ、テレ切っている芸妓
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