た後に、自分の身を処決しようがために、息をこらして、ここに潜んでいたものと見えました。
 ところが、この女の酔いの醒《さ》めることが容易ではなく、この酔いのうちの管《くだ》があんまり長いのに、介抱する若いさむらいもかなり親切に、酔いのさめるのを待ってやっている。酔いがようやく少しばかりさめかかってから、また後の痴話が相当に長い。そうして、女は、何か男に恨みのようなことを言って、そのしどろもどろの足どりで、あなたのお世話にはならない、自分ひとりで行く、なんぞと思わせぶりをしている。そんな手管《てくだ》や、思わせぶりも、御当人同士のお安くない間だけのことなら、御勝手だが、後ろに隠れて、早く自分の身の振り方をつけようと焦《あせ》っている者の身になっては、こらえられない。
 そこで、今、堪《こら》え兼ねて、石垣の後ろからけたたましい音を立てて飛び出したのは、無論、二人を威嚇するためではなく、そのまま一目散《いちもくさん》に、はばたきのけたたましい音を続けながら、二人の間を割って、あらぬ方へと逃げ出して行くのです。
 それが二人を驚かしたことは無論です。女の方の思わせぶりの所作《しょさ》も、それ
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