…」
「その通り、違いありません」
「それが、どうしてこんなところへやって来たのだ」
「どうしてって、あなた」
「お前は、江戸へ帰りたいと言っていたはずだ」
「それが間違って、飛騨の高山へ来てしまいましたのよ、悪いおさむらいに騙《だま》されて、さんざんからかわれた揚句に、この高山へ納められてしまいました」
「その悪いおさむらいというのは、仏頂寺と、丸山だろう」
「何とおっしゃるか存じませんが、あの二人のお方が、江戸へ連れて行ってやるとおっしゃったのに騙されて、この高山へ来てしまいました」
「そんなことだろうと思ったから、急にあとを追いかけてみたのだが」
「そんなこととは、どんなこと?」
「お前は、わしがわからないな」
「まあ、どなたでいらっしゃいましたか、お見それ申しました、お面《かお》を見せて頂戴な」
この時分には、ズブ酔いが多少|醒《さ》め加減になっていたと見え、
「ねえ、あなた、あなたの御親切は死んでも忘れませんよ、お面を見せて頂戴な」
女の方から、もたれかかるように来たのは、相手が怖るべき助平野郎でなく、多少ともに、自分を親切に介抱してくれる人だとの意識が明瞭になったからで
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