の海岸を真一文字に、遠見の番所まで走《は》せ戻ったものです。
番所まで一目散に走りつくと共に茂太郎は、まずこのことを、誰に向って語ろうかと案じわずらいました。
駒井の殿様に申し上げるのが本当だろうけれども、殿様はまだ、マドロス君を許しておられないのだ。田山先生はいない、金椎君《キンツイくん》は話したって無益、どっちみち、お嬢様に話してみてからの上……そのお嬢様という人は、いま眠っているに違いないから、それを起すのも気の毒だ。
そこで、茂太郎はまず、小使部屋へ飛び込んだ。見ると、そこの炉辺に、思いがけない人が一人いるのを認めました。
キャンドルを入れた行燈《あんどん》が明るく、炉中の火も賑やかに燃え、大鉄瓶の湯もチンチンと沸《わ》いて、いずれも気持よく室中の気分が熟している中に、炉を前にして、お膳を置き、傾けつくしたと見える徳利を一本飾りこみ、悠然として、お茶漬を掻《か》きこんでいるところの一人を発見したものですから、茂太郎が、
「おや、おじさん、いつ帰ったの?」
「はい、もうちっと先に帰りましたよ」
「そう……」
茂太郎はなんとも解《げ》せない面《かお》で、この悠々とお茶漬を
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