、井戸は……やむことを得なけりゃあ、さきほどの、あの高札場の屑屋の這《は》い出した井戸まで引返すかね。
こうして、この門前をうろつき出したやくざ野郎は、ほどなく、代官屋敷の裏門の掘井戸のところへ姿を現わしたことを以て見ると、求むるところのものに、同時にありついたようなものです。
五十八
宇津木兵馬が、ここへ来てから、一つ気になるのは、お代官の邸の奥向のことです。
このお代官には女房は無くて、お気に入りのお妾が、一切を切って廻していることは、それでいいとしても、兵馬が気になり出したのは、このお妾がいかにも水っぽい女で、たしかにいい女というのだろう、血相のいい顔に、つやつやしい丸髷《まるまげ》を結って、出入りの者や、下々の者までそらさない愛嬌はたしかにあって、代官が寵愛《ちょうあい》するのも、のろいばかりではない、まあ、この妾にも寵愛を受けるだけの器量はあるのだ。
この奥向を切って廻して、主人をまるめて置くだけの器量のある女には相違ないが、兵馬が気になり出したのは、品行の悪い噂《うわさ》で、それも噂だけではない、兵馬の眼にも、それと合点《がてん》のできるほど、
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