んだ、そんなに怖がるがものはねえよ」
「はい」
「さあ、立ちな、立ちな。立てねえかい」
「大丈夫でございまっしゃろ」
「いいよ、いいよ、立てなけりゃ、立てるまで、そうしていなさるがいいや、わしゃ爺さんに心当りを教えてもらいさえすりゃいいんだ」
「はい」
「わしゃあね、下原宿の嘉助という者の実は……甥《おい》なんだがね」
「はい」
「餓鬼《がき》の時分から手癖が悪くって、諸所方々をほうつき廻り、めったに叔父さんといってたずねたことはねえんだが、ちっと旅先で聞き込んだことがあるから、急にかけつけて見ると、飛騨の高山がこの始末なんだ」
「はい」
「下原宿の嘉助は、どこへたちのいたか知らねえかい」
「はい……下原宿てえのは焼けやしませんでな」
「焼けねえと……じゃあ焼け残ったのか。そいつぁまあ、どっちにしても仕合せだった。爺さん、済まねえがひとつその下原宿の嘉助のところまで、わっしを案内しておくんなさらねえか」
「ええ、そりゃなんでございます、お安い御用でございますて」
「うむ、済まねえな、もう立てるかい」
「へい、もう立てまっしゃろ」
「それからねえ、お爺《とっ》さん、もう一つ頼みがあるんだ
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