ゆばねえかよ」
二度《ふたたび》、引絞ってみたけれども、馬は両脚を揃えて進むことを躊躇《ちゅうちょ》している。
「どうした、うむ」
馬子は手綱をたぐって、近く寄って馬の鼻づらと足許を見たけれども、特別の異状があるとも思われないから、
「これ、さ、早くあゆべよ、つい一口よばれちまったもんだから、手前《てめえ》にも夜道をさせて気の毒だった、明日は休ませっからあゆべよ」
この馬子は、馬をいたわること厚く、威嚇を以て強行を強《し》いることをしないのは、しおらしいところがある。松倉大悲閣へ参詣のための馬だから、馬には荷物が無い、負担は至って軽いのに、足が重くなるとはどうしたものだ。
急にひきつったか、怪我をしたか、馬子は案じて、もしやと、足蹠《あし》をしらべにかかってみました。沓《くつ》が外れて、釘でも踏みつけたか。
こう思って馬子が、充分に馬場へ背を向けきって、馬の足もとを調べにかかったが危ない。病根は足にあるのではなく、最初からゆくての馬場の桜の大樹の蔭に、一個の人影があったから、馬は怖れをなして立ちすくんだまでのことです。馬の心を知らない人間は、原因をよそのところに見ないで、痛く
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