飛騨の高山は、甲斐の甲府よりはいっそう山奥だとはいえ、一方より言えば、甲府よりはいっそう上方《かみがた》の都近いのです――来《きた》り遊ぶ人が、誰も飛騨の高山を※[#「けものへん+葛」、第3水準1−87−81]※[#「けものへん+僚のつくり、145−7]《かつりょう》の地というものはなく、これに「小京都」の名を与えて、温柔の気分を歌わぬものはありません。
 森春濤は曾《かつ》てこういって「竹枝」をうたいました――
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楼々姉妹、去つて花を看《み》る
閙殺《だうさつ》す、紅裙《こうくん》六幅の霞
怪しまず、風姿の春さらに好きを
媚山明水小京華
暖は城墟《じやうきよ》に入つて春樹|香《かん》ばし
はしなく嗾《そそのか》し得たり少年の狂
遊塵一道、半ば空に漲《みなぎ》る
花は白し春風、桜の馬場
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 飛騨の高山はこういう艶っぽいところであります。事実が、詩人の艶説だけのものがあるや否やは知らないが、少なくともこううたわるべき風趣情調を持っているところです。
 こういうところへ、今時、こういう人間を放ち出すのが、よいことでしょうか。ただ、時が春風駘蕩《
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