色こそ、ほんとに目がさめるようです。
引きうつるのを、ワザと夜にのばして昨夜――今朝ほどは少し霧がまいていたので、遠望が利《き》かなかった。それに万事多忙で、風景に見惚《みと》れている余裕がなかったものとも思われますが、今となって、はじめて、この寺の見晴しのよいことに感心させられてしまいました。
故郷の月見寺も悪いところではないが、山谷がこれよりはずっと迫っていて展望を妨げる。
こうして見ると、行き悩んだ筆の疲れを休めて、目の下の風景を指呼してみたくなるらしく、お雪ちゃんは、見ゆる限りのところに於て、あれかこれかと目移りがします。
焼野が原は、一層かっきりと、その半ば炭化しかけた材木だの、建前だのが燻《くす》ぶって、まだ臭いと余燼《よじん》をくすぶらしているのがよくわかる。それと、焼残りのある部分が、毛のくっついたように、ハッキリと見分けられる。人家の災難と無災難とに頓着なく、町を割って流れる宮川の流れもよく見える――その宮川を標準として、焼け残った橋の形から見当をつけて行ってみると、自分の泊っていた宿屋のあたりと、それから線を下へ引いてみると、あの一むらの川沿いの木立、その下
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