うです、誰だって知っているはずはありません、このお召の一重ねは、これは、たしかに、あのイヤなおばさんの着ていた着物でございますよ」
「え」
「久助さん、どうして、どこからこんな物を持ち込んだのでしょう」
「知らない」
「廻《めぐ》り合わせにしても、あんまりじゃありませんか。いけません、先生、あなたが悪いのじゃありませんか」
「どうして」
「だって、昨晩、イヤなおばさんの魂魄《こんぱく》が、そっと外から忍んで来て、この船をゆすぶったなんておっしゃるものだから、それで、魂魄が、こんな着物をこの船へ持ち込んだんじゃないか知ら」
「ふふん、魂魄なんてものは、そんなに都合よく物を運べるものじゃあるまい」
「だって、そうとしか考えられませんわ。平湯へ来てからこっち、ほんとうに、あのイヤなおばさんにつき纏《まと》わされるようでたまりません――白骨から、わたしたちの後になり先になって、あのおばさんの魂魄がついているに違いありません」
「ほんとうにその着物が、あの淫乱後家の着物であったりしたら、全く不思議な廻《めぐ》り合わせだ、魂魄の引合せというよりほかはあるまい」
「それは間違いありません、先生にはお
前へ
次へ
全323ページ中128ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング