、そうだ、久助さんが、施しでもらって来たのを、わたしが寝ている間に、そっと着せてくれたものに違いない。そうそう、昨晩よく眠れたのは、一つはこのせいでしょう。こんな一重ねの着物を、わたしの寝ている間に着せかけてくれたから、そのおかげでわたしは、恥かしいほどよく寝入ってしまったのだ。これでも無かろうものなら、夜半の薄着に寒さが身にしみて、いくら疲れたからといって、こんな際に、こんなによく寝られるものですか。ほんとうに有難い、久助さんの親切が有難い。それなのに、こんな親切な人を置いてけぼりにしようとか、まいてしまおうとか考えた自分というものの薄情さを、お雪ちゃんはクドいほど悔む気になってしまいました。
 そうして、この情の籠《こも》る一重ねの着物を見ているうちに、これが羽織もそっくりした小紋縮緬《こもんちりめん》の一重ねであることが、大変な気がかりになりました。
 いくら非常の場合にでも、救助のために投げ出すにしては、これはあんまり過ぎものだと感じないわけにはゆきません。
 大抵の場合、こういう時に施しに出すのは、着古したものか、洗いざらしとかいう種類にきまっているのに、こんな結構な着物を、
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