その火の色と、喚声とを聞きつけて、この場へ駈けつけるものは、一揆《いっき》の暴徒らしいやからのみでなく、浦の女子供も群がって来ること、爆竹《どんど》の祝いみたようなものです。
こちらの番所では、ただ、静まり返って見ているだけですが、あちらでは、必死になっての示威運動です。
口々に罵り騒ぐのを聞いていると、切支丹だとか、毛唐だとか、太え奴だ、国を取りに来やがった――とか、黒ん坊同様に一人残らず焼き殺せとか、番所も、船も、ブチ壊せとか、口を極めて、物騒千万な威嚇《いかく》を試みているが、威嚇しながらも、自分たちに相当の警戒があって、二の足を踏んでいるようでもあり、ついには、奮激の虚勢も、悪罵の言いぶりも、やや種切れの気味で、その時分に、鎮守《ちんじゅ》の社から下げて来たらしい太鼓が届くと、それを打鳴らし、やがて、この群集がおどり出しました。
それは示威運動だか、お祭り騒ぎだか、わからなくなってしまっているうちに、押立てた高張提灯の一つに、どうしたハズミか、火がついてバッと燃え上ると、それを揉み消そうとして混乱が起ると、それのハズミで何か物争いが起ったようです。
喧々として物争いをはじめたのは、仲間同士でした。
それは、なんの原因だか分らないが、ホンの足を踏んだとか、踏まれたとか、手がさわったとか、さわらなかったとかいういきはりなんでしょう。やがて、すさまじい仲間同士の物争いになったのです。
そこで取組み合いがはじまる、仲裁が出る、というおきまりで、こちらへ対するの示威はフッ飛んでしまい、仲間喧嘩に花が咲いて、その騒々しさ言うべくもない。
こちらの番所で見ている者は、ここに至ると笑止千万《しょうしせんばん》に堪えられないでしょう。
無論、駒井甚三郎も研究室のカーテンを掲げて、最初からこの形勢を見ていましたが、今し、仲間喧嘩が酣《たけな》わになったのを見て、カーテンを下ろしてしまい、またキャンドルを消してしまいました。
九
しばらくすると、扉をハタハタと叩くものがありますから、駒井が、
「お入りなさい」
と言いました。
「御免下さいまし」
と、いんぎんに現われたのは七兵衛です。
七兵衛は、主人のほかに客用のものがある椅子へは、すすめても腰を下ろさないで、敷物の上へかしこまるのを例とします。ただ、手に一本の矢を持っていることが、いつもと違います。
「おお、七兵衛殿」
「只今は、随分お驚きになりましたでございましょう」
「少々、驚いたね」
「でも、あのくらいで納まってよろしうございました、どうやら、仲間喧嘩でもしでかした様子でございました」
「いや、本来、あの連中のやることは、根があってするわけではないのだから、たあいがない」
「でございますが、たしかにおだてる奴があるものですから、御油断はなりませぬ」
と言って七兵衛は、右の手に持っていたその矢を、駒井の方へ差出して、
「只今、小使部屋と、お廊下との間へ、こんなものを射込んだものがございました」
「ははあ、矢文《やぶみ》だな」
駒井は、七兵衛の手渡す矢を受取って見ると、そこに結び封が結えつけてある。それを外《はず》して、くりひろげながら読んでいる。その読む時間を遠慮して、七兵衛は差出ることをしないでいたが、駒井は、さほど長くもあらぬ矢文をスラスラと読んでしまっても、別段、変った色なく、さっと、机の上へ投げ出したのをきっかけに、七兵衛が、
「おだてる奴があるものでございますから、御油断はなりません、万一のために、明日はひとつ、お船の方から人を呼んで、この御番所のまわりに、厳重な柵をお作りになってはいかがかと存じます、わたくしもお手伝いをいたしますから」
「用心にしくはないが、まあ、そうするまでには及ぶまい」
「しかし、うまくおだてられているんでございますから、調子によっては、何をしでかさないものでもございません。実は只今もああして、押しかけて来て、なんでも一気にこの御番所へ荒《あば》れこんで、火をつけてしまえ、ということだったそうでございますが、なかに、この御番所には大筒《おおづつ》がある、大筒をブッ放されてはたまらない、ということを言う者がございまして、そこで、あんな面当《つらあ》てだけにとどめたということでございますから、今後、また度々《たびたび》いたずらをするにきまっております、そうしますと、時のハズミで、ワーッとこれへ乱入して来ない限りはございません。そこで、塀なり、柵なりをかけて置けば、そこで必ず多少の遠慮をするにきまっておりまする――そうしているうちに、鉄砲の音の一つもさせてやれば、怖れてもう寄りつきは致しますまい、こちらから征伐も大人げのうございますが、籠城の用心だけはしておきませんと……それには、搦手《からめて》は大丈夫でございま
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