《すか》して、大道で倒れて苦しがっている者の、仔細な観察を続けようとします。だが、まず以て安心なことには、この怪しい行倒れが、斬られて横たわっているのではなく、酔倒れて、身動きもならないほどになっていることに気がついたのです。
「酔っぱらいだな」
酔っぱらいならば、酔いのさめるまで地面に寝かして置いた方がよい。
この地では、あんなのを、通りがかりにためし物にして、さいなんで行く奴もあるまいし、まだ当分車馬の蹄《ひづめ》にかかる心配もあるまいから、まもなく夜が明けたら、誰か処分するだろう、そのうちには酔いがさめて、自分の酔体は、自分で始末するに相違ない。
まず安心――という気持で柳の木から出て、そうして兵馬は、ずかずかとこの酔っぱらいの前を通り過ぎようとしました。
「もし、そこへ誰か来たの、何とかして下さいよ、もう動けない、助けて下さい」
兵馬の足音を聞いて、酔っぱらいが呼びかけたのは不思議ではないが、それは女の声でした。
助けて下さいと言うけれども、酔っぱらいであることは間違いないから、兵馬はそう深刻には聞きません。
本性《ほんしょう》のたがわぬ生酔い、人の来る足音を聞いて、それを見かけに、何かねだり[#「ねだり」に傍点]事をでも言おうとする横着な奴! しかもそれが女ときては言語道断だ、と思いました。
六十二
おそらく、醜いものの骨頂は、女の酔っぱらいです。
微醺《びくん》を帯びた女のかんばせは、美しさを加えることがあるかも知れないが、こうグデングデンに酔っぱらってしまって、大道中へふんぞり返ってしまったのでは、醜態も醜態の極、問題にならないと、兵馬が苦々しく思いました。
兵馬でなくても、それは苦々しく思いましょう。同時に、こんな苦々しい醜態を、たとえ深夜といえども、この大道中にさらさねばならぬ女、またさらしていられる女は、普通の女ではないということはわかりきっている。つまり、煮ても焼いても食えない莫連者《ばくれんもの》であるか、そうでなければ、その道のいわゆる玄人《くろうと》というやつが盛りつぶされて、茶屋小屋の帰りに、こんな醜態を演じ出したと見るよりほかはないのです。
兵馬が近寄って見ると、それは醜態には醜態に相違ないけれど、醜態の主《ぬし》たるものは、醜人ではありませんでした。むしろ美し過ぎるほど美しい女で、その美しいのをこってりとあでやかにつくっている、それは芸妓《げいしゃ》だ。年も若いし、相当の売れっ妓《こ》になっている芸妓――兵馬は一時《いっとき》、それの姿に眼を奪われて、
「どうかなされたかな」
「やっと、ここまで逃げて来たんです、もう大丈夫」
「どこから?」
「清月楼から」
「清月楼というのは?」
「お前さん、飛騨の高山にいて、清月楼を知らないの?」
「知らない」
「ずいぶんボンクラね」
「うむ」
「ほら、中橋の向うに大きなお料理屋があるでしょう、あれが、清月楼といって、高山では第一等のお料理屋さんなんです」
「そうか」
「そうかじゃありません、高山にいて、清月さんを知らないようなボンクラでは、決して出世はできませんよ」
「うむ――そんなことは、どうでもいいが、お前は清月楼の芸妓なのだな」
「いいえ、清月さんの抱えではありません、これでも新前《しんまえ》の自前《じまえ》なのよ」
「なら、お前の家はどこだ、こんなところに女の身で、醜態を曝《さら》していては、自分も危ないし、家のものも心配するだろう」
「シュウタイって何でしょう、わたし、シュウタイなんていうものを曝しているか知ら、そんなものを持って来た覚えはないのよ」
「何でもよろしいから、早く家へ帰るようにしなさい」
「大きにお世話様……帰ろうと帰るまいと、こっちの勝手と言いたいがね、わたしだって酔興でこんなところに転がっているんじゃないのよ」
「これが酔興でなくて、何だ」
「いくら芸妓《げいしゃ》だって、お前さん、酔興で夜夜中《よるよなか》、こんなところに転がってる芸妓があるもんですか、これは言うに言われない切ないいりわけがあってのことよ、察して頂戴な」
「困ったな」
「全く困っちまったわ、どうすればいいんでしょう」
「いいから、早くお帰りなさい」
「どこへ帰るのです」
「家へお帰りなさい」
「家へ帰れるくらいなら、こんなところに転がっているものですか」
「では、その清月とやらへ帰ったらいいだろう」
「清月から逃げて帰ったんじゃありませんか」
「何か悪いことをしたのか」
「憚《はばか》りさま、悪いことなんぞして追い出されるようなわたしとは、わたしが違います、あのお代官の親爺《おやじ》に口説《くど》かれて、どうにもこうにもならないから、それで逃げ出して来たのを知らない?」
六十三
「なに、お代官がど
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